街弁の「仕事の時間」について
2026年05月30日
本日は、弁護士としての時間の使い方について書いてみます。
私が弁護士になったのは、ちょうど2000年の事で。
その頃は、流石に1995年を経てインターネットは普通に使っていましたが、まだまだ黎明期、HPがある法律事務所なんて、ごく一部。
私が就職した事務所は、比較的新しいメディアに対して前向きな雰囲気でしたが、判例検索はウェブではなく、データ。つまり、事務所に1台スタンドアローンのパソコンで検索するしかありませんでした。サブスクという概念もなく、書籍は買うか図書館しかなく、調査に時間がかかるというより、そもそもとっかかりとなる裁判例なり参考書籍を引き当てるのに時間がかかります。
また、裁判も東京だろうと地方だろうと現場の裁判所に行くことが多く、打ち合わせもしかり。
電話で済まそうとするのは、何となくルーズな人間という印象があったような記憶もあります。
という昔話から時は流れて、徐々に環境は変わったのですが、ここ数年のAIの進化を受けて、更に時間の使い方が変わりつつあるわけです。AIだのデータだののリテラシーがイマイチなボンクラ弁護士でも。
法令、裁判例、法的見解などの調査にあたっても様々なサービスが発達し、比較的時間をかけないで結論にたどり着くことが可能となったわけです。
で、じゃあ時間に余裕が出来たのかというと、全然そんな気はしない。
どういうことかと言うと、弁護士の仕事はプレゼン的な側面が多く、特に裁判は、完全な第三者(原告被告どちらが勝とうと知ったことではない)である裁判所を説得しなくてはならない。
で、定型化できる部分もたくさんあるのですが、プレゼンの対象である事件は一件一件全く違うし、また揃っている証拠の量も程度も違う。
裁判での代理とは、そういう、不定型な状況を踏まえてプレゼン、書面作成などをする必要があるわけです。あと数年したらまた状況が変わっているはずですが、少なくとも現段階、あと数年は、個別事情を踏まえた回答だとか、書面を読む裁判官の心の動きなどを踏まえて仕上げるというところまでうまく指示できるプロンプトはなかなか難しいと思います。
つまり、最後の詰めの段階で頭を使う時間は全然減っていない。
むしろ、考える時間が増えて、疲労が増えていると思うのです。
そして、大して収入も増えないわけですね。何のための便利なのかという。
移動の電車の時間などなんとなく頭を休める時間も徐々に減っている。
たまの移動でも、なぜかメールやLINEは確認できてしまい、なかなか休めない。
時間うまく活用することとともに、心身がオーバーヒートにならないように調整することが今後の課題となりそうです。
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